《基本情報》
原題:Captain Fantastic
出演:ビゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、ジョージ・マッケイ他
監督:マット・ロス
製作年:2016 製作国:アメリカ
あらすじ
アメリカ北西部、ガスも電気も通ってない原生林の奥深く、6人の子供たちとその父ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)は暮らしていた。ベンのサバイバル教育によって、子供たちは自力で狩猟採取したものだけを食べ、ネットもTVも当然なし。学校に通わないながらも、難解な物理や思想の書物を読むことで、ずば抜けた学識に身につけていた。そんな中、入院していた母が他界し、一家は葬儀が行われる母の実家ニューメキシコへと旅立つ。常識外れのキテレツ一家の行く先に待ち受けるものとは──。
本国アメリカでたった4館での上映から口コミが広がり、600館まで拡大した異色のロードムービーです。「カンヌ国際映画祭ある視点部門」で監督賞を受賞。各国の映画祭の賞を総ナメにしました。
まずインパクトがあるのが、そのルックスと、ぶっ飛んだ設定。ヒッピーのなれの果てのようなまっ赤なスーツのヴィゴ・モーテンセンと、サイケな格好の子供たち、そして「普通ってなんですか?」というキャッチコピー。これは気にならずにはいられない!自前のバスで広大なアメリカを移動するうち、ほろ苦い出会いや騒動を経験し、一皮剥けていく、という王道のロードムービーらしい展開です🚌
公式HPでは、物語のキーワードや子供のキャラ紹介などが、ポップなヴィジュアルでまとまってますよ👇
『はじまりへの旅』公式サイト
親の教育に感謝するかどうかは、子供が決めること
現代アメリカでは、およそ30人に1人の子供が、ホームスクールで勉強をしてしているそうです。学校には行かずに、親が家で子供に必要な教育をする。決まった教材はなく、何を教えるかは、親の自由なわけです。
その親にとって、何が人生で大切なことか、どんなことを子供に学ばせたいか(逆に学ばせたくないか)、どんな人間に育って欲しいのかという、親の価値観が、ダイレクトに子供の脳天に降り注ぐことになります。
なんでこんな話をするのかというと、
本作のパパは、超自然回帰主義者であり、現代社会から完全に孤立した森の中で、6人の子供たちと原始時代さながらの生活をしているからです。
そんなパパが教えるのは、ナイフや矢を使った動物の狩り方・さばき方。野性で生きられるように日々体を鍛えさせ、頭を鍛えるために読ませるのは、高尚な書物のみ。当然、資本主義の産み出した愚劣な娯楽など一切与えない!
そんな常識外れのヘンテコ一家が、現代社会に飛び出したらどうなるか…ということで、
「マサイ族が日本にホームステイしたら、回るお寿司にビックリ!」的な気楽なものを予想していました。が、見事に予想を裏切られることになりました。
状況が極端すぎるから、マンガのようで重くならずに観られるけど、笑えない描写が多い。。
たとえば、森の中を走らされ、厳格なパパに軍隊式の訓練をされている子供たちの手足は生傷だらけ。そんな森の暮らしに次第についていけなくなったのか、ママはうつ病が悪化した末に入院中に自殺。
とはいえ、そんな彼女もまた、わが子に自然なものしか食べさせたくないあまり、「子供に砂糖がけのシリアルをあげた親戚に怒鳴った」というエピソードがあり、、どうも引っかかる。
そういえば、『マルサの女』の伊丹十三監督も、わが子に自然食しか食べさせない主義で自らも食にこだわっていましたが、自殺してしまいましたね。その話を知った時は、身体にいいことしてても、それじゃ意味ないじゃん!と激しくツッコミました。長生きできる健康な体を手に入れても、そのために、心の余裕とか、生きる喜びそのものが損なわれてしまったとしたら? 本末転倒じゃんっ!と。(芸術家の方は神経が繊細ですし、ほかに事情があったんだと思いますが)
話を映画に戻すと、原始人一家のママは、仏教徒です。
ブッダは悟りを開くために断食の苦行しますが、最後には飢え死に寸前になったところで村娘から差し出された乳粥を食べ、生気を取り戻します。他の苦行僧から「軟弱者!」と野次られそうですが、ブッダはそこで、厳しすぎる苦行をしてもうまく頭が回らないし、悟りには結びつかない、と気づきます。それから安楽も苦行も極端に走らず、ほどほどの「中庸」を選ぶのが一番いいのだ、とおっしゃったわけです。
一家が最終的にたどり着いた答えも、そんな「中庸」のように見えます。
どんなに世間から異常だと非難されても、信念を貫くパパですが、
ラストに近づくにつれ、「これが本当に子供たちにとって幸せなのか?」と、価値観が揺らぐ場面も出てきて、表情から厳しさが抜けていきます。
子供にとっては神様のような存在でも、親だって、ただの人間。
子供たちに本音をさらけだして対等に向きあったことで、反抗的だった次男と和解するシーンには、胸を打たれました。
自分が今までやってきたことが間違いだったかもしれない、と気づくのは悲しいことです。
でも、古い価値観が壊されたときは、生まれ変わるチャンスでもあります。
(邦題の『はじまりへの旅』というのは、ピッタリだなぁ)
俗世間に汚されず、大自然の中でのびのびと育った純粋な子供たち──というファンタスティックな描写は、甘いシュガーコーティングのようなもの。ガリリとひと噛みすれば、親の意向次第ですべてが決まってしまう隔離されたコミュニティで育つことの怖さも、リアルに描かれている、意外な社会派映画でした。
【補足】アメリカではなぜホームスクールが盛んなの?
国がでっかいから、遠くて通学できない、ということもありますが、
宗教上の理由も多いようです。キリスト教原理主義では「神が人間を創造した」という創造論が頑なに信じられているため、進化論を教える学校には通わせない、といったケースがあります。
▼日経オンライン『米国で進化論を信じる人が過半数超え』という記事
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/246942/112400010/
過半数超えた、というより、4割が信じていないということに衝撃。
▼『奇妙なアメリカ』の著者、矢口祐人氏のインタビュー記事『奇妙なミュージアムから読み解くアメリカ』。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4145?page=3
ここで言う奇妙なミュージアムは、創造論に従って作られた博物館のことです。かたやappleやマイクロソフトがハイテク機器を世界に送り出しながら、その国民の4割が創造論を信じる、というのが奇妙たるゆえんです。本もおもしろいです。(「原爆のスイッチを押してみよう!」コーナーがある原爆博物館など、立場が違うとここまで認識が違うのか、と思い知らされる博物館もあります)
原人と現代社会との遭遇なら『ヒューマンネイチュア』がおすすめ!
原始人のような暮らしをしていた人が街にやってくる、という設定では、『ヒューマンネイチュア』の方がもっと期待通りです。
こっちの主人公は、文明にまったく触れていない完全なる野蛮人。純粋無垢な野人が現代社会に連れてこられることで、やがて文明に毒されて──という風に見えるものの、
「そもそも人間って純粋無垢な生き物なのか?」という、かなーり皮肉な視線とブラックユーモアが織り交ぜられた作品です。
話がどんどん脱線しますが、
監督はミシェル・ゴンドリー、製作・脚本は、ひと昔前に『マルコヴィッチの穴』で一世風靡したスパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンです!
穴に入った人が実在する俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中に入れる、…しかも入るだけでとくに何も起きない、という超シュールなストーリーでした。
トム・クルーズの穴でも、ブルース・ウィリスの穴でもなく、
そこまで大スターとは言えない「ジョン・マルコヴィッチ」、という人選がさらに不可解ですよね。なにより「マルコヴィッチ!」という響きがいいっ。日本版なら、『竹中直人の穴』とかだったら入ってみたいなあ。