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《基本情報》
原題:Scent of a Woman
出演:アル・パチーノ、クリス・オドネル、ジェームス・レブホーン、フィリップ・シーモア・ホフマン
監督:マーティン・ブレスト
製作年:1992年 製作国:アメリカ 157分

出典: IMDb
あらすじ
裕福な家庭の子息ばかりが通う名門校に、奨学金を頼りに入学した苦学生チャーリー(クリス・オドネル)は、ある日級友が校長の愛車にイタズラする現場を目撃してしまう。校長に呼び出され、犯人は誰かと聞かれても、級友をかばって口を割らないチャーリーだったが、校長からは「素直に教えればハーバードに推薦してやってもいいし、協力しないなら退学にする」と2択を迫られる。
金持ちの友人たちが感謝祭の休暇で浮かれるなか、チャーリーはある一家でアルバイトをはじめる。それは一家が休暇旅行をする間、家に残ると言い張ってきかない盲目の退役軍人、スレード中佐(アル・パチーノ)の世話をしてほしい、というものだった。
ところが、家族がいなくなるやいなや、中佐は突然荷造りをはじめ、チャーリーも連れてニューヨークへ行く!と言い出す。中佐の気難しい性格と、突然の豪遊に困惑するチャーリーだったが、やがてその真意を知ることとなり──

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アル・パチーノの盲目の演技が圧巻です。作中ずっと、アル・パチーノはバッチリ目を開けたまま、全盲の役を演じきっています。『レインマン』『ギルバート・グレイプ』など、ハリウッドの名優が障害者を演じる映画では、観ているあいだ「障害が演技であることを忘れる」ほどの作品が色々ありますが…今のところ、この映画の盲目の演技が一番すさまじい、と私は思っています。(アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞)

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とくに度肝を抜かれたのは、ヤケを起こした中佐とチャーリーがもみ合いになり、髪を振り乱して顔を近づけたまま「暗闇の中にいるんだ!」と、叫ぶシーン。その目はカッと見開いて、相手の弱気を射抜くように、猛烈な勢いで青年の方に向けられているのに、本当に何も見えていない人の目にしか見えませんでした。その代わり、絶望的な暗闇が、眼前に広がっていることだけは想像できる。──あまりの壮絶さに、観ている側は息をするのも忘れるほど。
もちろんこの映画で輝いているのは、アル・パチーノの演技だけではありません。微妙に変化していく二人の関係性や心情、やさぐれても失わないユーモア。中佐の酷すぎる毒舌や破天荒ぶりのお陰で、説教臭くなく楽しめ、チャーリーの清々しい笑顔も印象的です。
暗闇のなかで、何が一番大切か見失ったとき、手を引いてくれる人

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将来への希望や、友人、家族、自分にとってどうしても曲げたくない生き方。
一見どれも同じくらい大切そうに見える様々なものの間で、板挟みになり、どれか一つを選ばなければならないとしたら? あなたは一体何を選ぶだろうか?
それとも逆に、すべてを失って、何も見えない暗闇のなかから、自分の救いとなるものを見つけるほかないとしたら、、
何が思い浮かぶだろうか?
女好きで口の悪い盲目の中佐にとって、それは、女性から漂ってくるほのかな香りだった。
とはいえ、それを自分のものにしようとするわけでもなく、ただ通り過ぎる女性の香りから、見えない相手の美貌を想像して、満足する。──ほんのささやかな、他愛のない楽しみだ。
もはや絶世の美女が目の前に現れようと、肉眼でその姿を見ることは叶わない。毒舌ばかりの自分の性格では、誰もそばに居たがらないと自覚しており、本気で愛されることすら、とっくに諦めている。
本作は、そんな孤独な盲目の元中佐と、人生の岐路で迷う純朴な青年チャーリーとの交流を描いた、再生の物語です。
なにもない暗闇の中で、なんのために生きたらいいか、見失ないかけている中佐とは対照的に、チャーリーの方は目移りするような選択肢と可能性を抱えた若者です。
でも、たくさんあるしがらみの中で、何が本当に大切で、何が大切でないのか、決めかねています。
自分の将来のためには、友人を売る卑劣な行いも仕方がないと受け入れるべきなのか? そもそも、その友人は、自分の人生を犠牲にしてまで守るほどの、本当の友人と言えるのか?
中佐は、そんな風に揺らいでばかりいるチャーリーに対しても、初めは悪態をつきまくり、介助しようと腕に手を添えようものなら、
「目が見えるのに俺につかまらんと歩けんのか!」と叱責します。

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けれど本当は、自分がウィスキーを飲みすぎないようにこっそり水を足そうとしたりする、チャーリーの優しさにも気づいています。また、チャーリーの方も、親戚の前で毒舌を吐いて場を乱す中佐をかばい「中佐は具合が悪いんです。…たぶん、さみしいんだと思います」と小声で囁いたりして、おたがいの心の内を見抜いています。
そんな純粋無垢で、小狡く立ち回れないチャーリーに対し、中佐が業を煮やしたように、
「大人になれ!」と怒鳴ったあと、
「大人の男は女房を裏切り、陰でお袋に電話するもんだ。いい加減なもんさ…」
と、自虐的に吐き捨てるセリフもじわじわときました。
大人は子供に豊富な経験を伝え、子供は大人に、忘れてしまっていた古い気持ちを思い出させてくれる。
やがて中佐はチャーリーの手助けを拒まず、「つかまらせてくれ」と言って、腕を取りあいます。それから、暗闇で手を引いてくれた人の手を、今度は自分の力で、窮地からひっぱり上げようとします。
人生で何が大切かは人それぞれです。
だからこそ迷ってしまうし、
運よく導き手があわられたとしても、その導きを受け入れるのかどうかだって、結局は自分の意思で決めなければなりません。
チャーリーの選択が正しいかどうかは、観た人の価値観で判断するしかないですが、
大切なのは、彼が自分にとって正しいと思える選択をし、貫き通したことでしょう。
最後には、中佐もチャーリーも「二人とももう大丈夫だね」という気分で、爽やかに微笑みたくなる名作です。