行きつけの婦人科、、と言うと、まるで行きつけの飲み屋みたいですが、そこのK先生は昔、医者なんか辞めて、哲学者になろう!と考えたことがあったそうです。
診察中にそんな会話になったのは、私が大学時代哲学を専攻していた、という話をしたからです。
働いて生活に追われるようになると、就活とか婚活とか、目前に迫っている問題に心奪われがちですが、学生時代は地に足のつかない雄大なものに想いをはせる時間がたっぷりあります。親が衣食住の面倒を見てくれる環境は、奴隷が生活の雑事をこなしてくれた古代ギリシャの哲学者の生活とそっくりです。(親には感謝しなきゃならないですが😓)
宇宙の果てってどうなってるんだろう?
人は死んだらどうなるんだろう?
自分が消えてなくなるってどんな感じ?
10歳くらいの時、突然何の前触れもなく、「自分もいつか死ぬんだ」と、強烈に自覚して、それから1年間ほどずっと、死ぬのが怖くて怖くてたまらなかったこともあります。もちろんその前から、父親が酸素チューブに繋がれて亡くなる所を見ているし、「人は死ぬ」ということ自体は知ってましたが、何となく、「自分にもいつか絶対その瞬間がやってくる」、という実感まではなかったのです。
今では死ぬことを四六時中気にするなんてことはありません。明日車に轢かれて死ぬかもしれなくても、それを心配したってどうにもならないし、持てる時間の中で一応やりたいことはやったよね、と思えれば、それでいいや、と思えるようになったからです。
私が哲学に興味を持ったのは、中学の倫理の授業がきっかけでした。倫理の先生は、おもしろい質問をしました。
「太くて硬い大木と、細くて曲がりやすい竹。嵐が来たら、本当に強いのはどっちだと思う?」
答えは、竹です。
硬い木は一見立派だけど、限界を超えるような強風がくると、バキッと折れやすい。
でも、竹はしなやかに曲がるので、軟弱そうに見えても、滅多に折れません。強風がくれば、それにあわせて、ぐにゃっと曲がり、風が去った後は、またスッとまっすぐに戻る。
人間でも同じことが言える。
それは古代中国の思想家、老子・荘子の思想を中学生にもわかりやすく伝えるために、先生なりに噛み砕いた例え話でした。
──あらゆるものはタオ(道)という大きな自然の流れの中にあり、それは人間が考える浅はかな知恵など遥かに超えている。野の生き物は皆、その流れに従って「無為に生きている」。春に咲く花は、冬に花を咲かそうとはしない。ブナの木が杉の木になりたいなどと、嫉妬することがあるだろうか? なのに、人間だけが無為ではなく、作為に従って生きている。
人間は名誉のために命をかけることもあるが、沼亀だったらどうだろう? 綺麗なべっ甲細工になって王に献上される名誉よりも、泥まみれのまま生きている方がよいと思うだろう…。
私は衝撃を受け、そのあとインドの梵我一如の世界観にも興味を持って、六大学の一つで哲学科を選んだのですが、結局大学の授業は西洋哲学がメインで、あまりのめりこめなくなって辞めてしまいました。
たとえば、ドイツの哲学者カントについてのゼミがどんなものかというと、「人は絶対に嘘をついてはいけない」→「だが殺人犯が友人を追っていて居所を聞いてきた。あなたは友人をかくまっているが、嘘をつかずに正直に話すべきか?」。そんな議題について1時間話しあいます。ちなみに、カントはそんな場面でも「殺人鬼に正直に話す」そうです。
──そんなバカな!
私はもっと本当に、生きる教訓になるようなものがほしいんだ…! 道徳なんかじゃ生きる苦しみは埋まらない。全部ふっとばすような答えが欲しいんだよ!
しかし、婦人科のK先生は、悩める青年期に、根気強く哲学書を貪り読み、パンク寸前になるまで頭の中に詰め込んで、ノイローゼになりかけたそうです。
そんなある晩、K先生は不思議な夢を見ました。
まっ青な浅い海が、360°あたり一面に広がっていて、大学生だったK先生は、その海の上に立っていました。
すると、その頃ゼミで老子を教えていた教授がひょっこり現れて、
「K君、見てごらん。海がこんなに青いよ!」と、ほがらかに言ったそうです。
どこまでも続く、青一色の世界。それは、抱え込んでいた悩みや疑問など、ほんの些細なことにしか思えなくなるような、大きな、大きな景色でした。
そこで目が覚めました。
たったそれだけの夢。たったそれだけの言葉でしたが、
K先生はそれ以来、考えすぎるのはやめて、医者になると決めたそうです。
老子の本は、『バカボンのパパと読む「老子」』ドリアン助川/著、が読みやすくておすすめです。老子の言葉をバカボンのパパ語で超訳してあるのが、わかりやすくて楽しいし、ちゃんと原文と真面目な訳文も載っています。

出典: Amazon