那須湯本で最奥の大丸温泉よりほんの少し手前にある秘湯、「弁天温泉」に行ってまいりました。最奥ではないものの、大丸より訪れる人が少なくひなびている分、むしろ秘湯感は勝っているかと思います。
「秘境」「廃墟」「つげ義晴」「(リアルに)レトロ」といったワードにぐっとくる方には、おすすめのスポットです。(注:決して廃墟ではありませんが)廃墟探訪しながら入浴もしているような、不思議な気分になるでしょう。
弁天温泉は弁天様のお告げによって建てられたという伝説があり、東野バス「休暇村那須 停留所(ロープウェイ方面)」から行くと、しっかり「白滝弁財天参道」と刻まれた石碑があります。

霊気を感じる雰囲気
訪れた季節は寒風吹きつける11月。木の門をくぐって、1分もしないうちに、冬枯れの木々が茂る谷間にある、古びた旅館が見えてきました。

旅館は一部倒壊したままで、打ち捨てられた廃屋と見紛う凄まじさがあるものの、歴史を感じる屋根の風格は、そばで見ると見事です。

硫黄を含んだ川が流れています。

入ってすぐお出迎えしてくれる光景。
入浴料は1000円。内湯は男女分かれていて、露天風呂は混浴です!でも混浴の露天風呂に入る際は、TVのようにバスタオルを巻いたまま入浴してOKということで、バスタオルは200円でレンタルできます。
受付から湯までの廊下は、ぼんやりとしたランプが一つ灯っているだけで、一歩一歩、トワイライトゾーンに足を踏みこんでいくような雰囲気がなんともいえない。。
脱衣場の手前に、100円入れると戻ってくる貴重品用ロッカーがあるんですが、さすがにここは真っ暗すぎて使いずらかった(笑)
そして女湯の脱衣場を開けた瞬間、時代に取り残された空気が、一挙に押し寄せてきました。一体どこに迷いこんでしまったのか?

脱衣所も、内湯も、天井のはめ板が一部無くなっていました。
──あえて連想するなら、場末のストリップ劇場の舞台裏。床に敷いてあるタオルの柄の一枚一枚にまで時代を感じます。(ドライヤーはないので要注意。コーヒー牛乳自販機などもありません)
内湯は、たちこめた湯煙で、もうもうとしていました。
脱衣所もそうですが、壁から天井まで、カビなのか、塗装のハゲなのか、はたまた代々この湯に浸かってきた人々が残した念写なんじゃないかという気さえする、黒いシミが、まだらに広がっています。
番頭さんによると、この建物は150年前から変わっていないのだそうです。単純に計算したら1868年──つまり明治の初めから変わってないってことになります。太宰治なんかが生まれるよりずっと前からここにあり、150年間ずっと、人間の体の垢といっしょに、心の垢もおとしていった場所ですよ! 洗剤じゃ落とせないようなものまで染みついてたって不思議じゃない。
岩に生えている立派な苔は天然物。鏡は温泉の湯気の石灰質に覆われて、何も映っていませんでした。
なぜかシャワーから湯が出っぱなしになっていて、歩くとくるぶしまで浸かるほど、床全体に湯がたまっていました。ここは掘削した温泉ではなく、湯の川から引き込んでいるそうなので、そのままかけ流してしまっていいくらい湯量は豊富なのでしょう。
内風呂の浴槽は、弁天様のひょうたんの形をしています。白濁した湯は、少し熱めでちょうどいい。誰もいない内湯を独り占めして、「あ゛~」と伸びをしていると、例のまだらな天井から、ポツン、ポツン…と、雨だれのような水滴が落ちてきて、目の前の床のたまり湯に波紋をつくる。(これじゃどこまでが浴槽だかわかんないね)
衛生状態に若干不安がありましたが、勇気をだして、湯の注ぎ口から、温泉を少し口に含んでみると、唇の皮がむけて血の味がした時と同じ味がしました。
内風呂で体をしっかり温めたら、いよいよ露天風呂へ。
内風呂では照明のせいで黄土っぽく見えた湯が、露天では青白く見える。外気の寒さの影響か、かなりぬるい。内湯でのぼせるほど体を温めてから、ここで冷まして、サウナみたいに楽しむといい感じです。
破れた屋根。
手作り感ある鳥居。
裏山の岩肌全体を湯(?)が伝っている様子が見える。
カエルの置物があるカエル湯。注ぎ口を打たせ湯みたく使えるかな、と試してみたら、ちょい熱すぎました。
こちらは、かすかに秘宝館の匂いがする「夫婦かめの湯」。
朽ちて自然に穴の空いた天井から、いい感じに光がさしてました。風呂釜が小さいので湯が冷めにくく、他の露天より温かかったです。
私が内湯で入浴しているあいだ、男性客が2、3組入ってきた気配がありましたが、運よく混浴露天風呂で鉢合わせすることはありませんでした。
女性客は、私が入ろうとしたタイミングで出てきた人と、出ようとした時に入ってきた人だけです。どちらもカップル客です。人が少なくて貸し切り状態だから、露天でしっぽりと味のある時間が過ごせそうですね。
番頭さんによると、「いつもはすごく混んでるんですよ!」とのこと。(口コミを見る限り、空いてる、と書いてる人の方が多いですが)ひなびた喫茶室の名残がありましたが、営業はしていませんでした。宿泊はできます。
またあの暗い廊下を抜けると、綿入り半纏を着た小柄な番頭さんがいました。どうも従業員は番頭さん一人だけのようです。
「お車がないようでしたが…、どうやっていらっしゃったんですか?」
「バス停から歩いて来たんです。ロープウェイに乗るつもりだったんですが、山頂がガスってたんで諦めました(笑)」

弁天様
私は、昭和…いや、明治・大正の匂いさえするロビーを写真におさめながら、帰りのバス停はどこが一番近いか教えてもらいました。
宿をでて、少し坂を登った所で、もう一度旅館のほうを振り返る。中の様子を知った後で、改めて全体像を撮ったとき、何の考えもなしに、ふと妙なイメージが脳裏をよぎりました。
──ツーリングにやってきた宿泊客の男が、露天風呂に入っていくと、若い女が一人、風呂の縁に腰掛けて湯浴みしている。透き通るような白い肌に、長く濡れた黒髪。バイカーは内心盛り上がりながらも、目のやり場に困って、気づかぬフリで遠くの湯に浸かる。
その夜、男が眠っていると、その美女が枕元に立っていて、ものも言わずに浴衣を脱ぎ捨てる…。だが、翌朝になると、抱いていたはずの女の姿は跡形もなく消えている。彼女は先に帰ったか? 夢でも見ていたんだろうか? 番頭に尋ねても、そんな女性客は、入浴にも宿泊にも来なかったと、首を横に振るばかりだ。
──もしくは、この宿には、いつも女一人で宿泊する常連客がいる。豊満な熟女で、誰かが夜這いに来るのを待っている…。
朽ちかかった旅館のたたずまいからは、「つげ義春風の旅館あるある(『ゲンセンカン主人』)」や、『高野聖』に登場する妖女みたいなのが、今の時代でもありえそうな気配が漂ってきます。
ほとんど上の空で、撮影したもののプレビューを確認していると、背後から声をかけられました。
私は少しビクッとして振り返りました。
「お帰りはあっちですよ。吊り橋の先です」番頭さんです。
近づいてくる気配を全然感じなかった(!)
「ぜひ、またお越しください」
私は、まだのぼせた体にきゅっとマフラー巻くと、弁天様の吊り橋を通って、その地を後にしたのでした。
帰りのバスについて
「休暇村那須 停留所」の下り方面か、「北湯入口(那須塩原駅・黒磯駅方面)」が使えます。バスは1時間に1本しかなく、時期によって時刻が微妙に変わるので、事前に観光案内所で時刻表をもらっておくと安心ですよ。
ロープウェイにも乗るか、泊まりがけで何箇所かまわる場合は、「那須高原フリーパス券 2600円/2日間有効」を買った方がお得かも。(通常運賃だと、那須塩原駅~ロープウェイ駅まで片道1400円かかる上、フリーパスがあるとロープウェイの運賃が1割引になります)
▼弁天温泉から「北湯入口 停留所」まで
弁天吊り橋を渡って、
八幡温泉の方(下り方向)に進んでください。
綺麗な遊歩道になっていて、緑や紅葉の時期はとても景色がよさそうですが、冬も葉っぱがないおかげで、青々とした関東平野がよく見渡せます。
停留所の向かいには、テーブルつきのベンチがあります。(徒歩15分ほど)